東京高等裁判所 昭和37年(う)312号 判決
被告人 箱根登山鉄道株式会社
〔抄 録〕
検察官の控訴理由の要旨は、原判決は被告人会社たる箱根登山鉄道株式会社が駿豆鉄道株式会社(昭和三二年中伊豆箱根鉄道株式会社に商号変更)との間で協定し且つ運輸大臣より認可を受けた本件早雲山線の一般乗合旅客自動車運送事業(いわゆるバス事業)の事業計画上の運転系統では宮の下または早雲山を起点とし湖尻を終点とする(またはその反対)ものであるにもかかわらず、被告人会社は公訴事実記載のとおり昭和二五年八月一日頃より昭和二九年二月二四日までの間継続して湖尻、桃源台間約四七〇米の県道上を延長運転したとの事実を認めながら、(一)昭和二六年七月一日より昭和二九年二月二四日までの右延長運転については、昭和二六年法律第一八三号同年七月一日施行の道路運送法(以下新法と略称する)第二条第二項は自動車運送事業が有償であることを要件としているのに、被告人会社が有償で旅客を運送したとは認められないとして無罪、(二)昭和二五年八月一日頃から昭和二六年六月三〇日までの右延長運転については、昭和二二年法律第一九一号昭和二三年一月一日施行の道路運送法(以下旧法と略称する)第二条第一項は自動車運送事業が特に有償であることを要件としていないので、同法第二一条の違反行為として同法第五九条第四号の犯罪を構成し、前記新法第一三条の経過規定により処罰すべきであるが、その違反行為の最終日たる昭和二六年六月三〇日より起算し本件公訴提起の時にはすでに時効が完成しているので免訴の言渡をすべきところ前記(一)の事実と一罪の関係にあるものとして公訴が提起されたのであるから、特に主文でその言渡をしないとして全部につき無罪の言渡をした。
しかしながら原判決が本件延長運転を無償と判断したのは明らかな事実の誤認である。運賃の点だけからいつても、被告人会社は延長運転をしたことにより運賃を変更したことはないが、本件早雲山線において宮の下からは湖尻まででも桃源台まででも運賃は同じであり、また早雲山からも同様であつたのだから、本件延長運転区間を有償としても従来の運賃と同額となるわけであり、従つて運賃に変更がなかつたからといつて直ちに本件延長運転が無償であつたとすることはできないのである。本件延長運転こそは被告人会社が関連運送系統への旅客誘致のためにその運送計画の一環として認可路線を越えてこれを実施したものであつて、デパートや旅館が顧客を送迎する場合にみられるような明確な好意的意思によるサービス運転とは異なるのである。すなわち被告人会社は昭和二五年八月一日被告人会社の子会社たる箱根観光船株式会社が桃源台を発着地として芦の湖上で観光船事業を開始するやその観光船へ早雲山線の乗客殊に早雲山においてケーブルより受けた乗客(強羅早雲山間のケーブルは同年七月一日より営業を再開した)を送り込むために桃源台までバスを延長運転したのである。かくの如き意図に基くものである以上右延長運転は、特段の事情の存しない限り、事業計画に影響をもつ有償行為であつたと考えるのが通常の判断である。無償と認むべき特段の事情としては、終点湖尻で乗客全部を降ろし、そのバスは折り返して運転するとともに他のバスでその乗客を無料で桃源台まで運送するとかまたはこれと同視できるような明確な区別をもうけた運送方法をとる場合がこれに該当するのであるが、本件においては被告人会社はさような特別な方法はとつておらず、湖尻は無停車で、またたとえ停車しても乗客全部を降ろすことをせずに、そのまま桃源台まで運送したのである。元来バス事業者は特定の事業計画に対し運輸大臣から事業免許を受けており、事業の運営は事業計画により厳格に規制されていて事業計画を変更するには当局の事前の認可を要することとされているのであるが、もし無償と認むべき特段の事情が存しないにもかかわらず漫然有償路線の延長運転を許容するならば、新法の下ではたやすく法の適用を免れることができ、かくては事業計画の厳格性は根底から没却され、公正な競争と道路運送秩序の維持を計ろうとする法の趣旨に反することとなる。右の理由により本件延長運転は有償のものと認められるから、旧法下では勿論新法下でもこれにより事業計画は変更されたこととなり、新法第一八条第一項、第一三〇条第一項により処罰を免れないというのである。
これに対し弁護人は答弁として、(一)被告人会社の幹部は湖尻及び桃源台の附近一帯が「湖尻」であると思料していたのであつて、事業計画を変更するというような意思はなかつた。桃源台という名称は、その「湖尻」の一部に箱根観光船株式会社の発着所ができたとき、桃源郷という遊覧場所があつたのにちなんで「湖尻桃源台」と命名したのに始まるのであり、バス発着所としての湖尻と桃源台とはともに「湖尻」という一つの地点にあるのである。(二)旅客運送の有償無償は契約の趣旨にかかつている。被告人会社はいまだかつて桃源台までの切符を発売したことはない。あくまで湖尻までの契約である。湖尻と桃源台との間は僅々四〇〇米の距離に過ぎない。仮に早雲山、桃源台間の切符を発売したとしてもその料金は早雲山、湖尻間と同額である。しかし同額であるということを逆用して、だから有償運転であるとするのは明らかに契約の趣旨を無視し不当に被告人会社の悪意を推定するものであつて認容し得ない。(三)被告人会社が湖尻、桃源台間にバスを運転したことはあるが、これをもつて直ちに延長運転であるとすることはできない。かりに延長運転であるとしても有償運転の一部とみることはできない。被告人会社は、その本来の終起点である湖尻は場所が狭くて多数の車両を止めておけない関係上、発車時刻がくるまで一時待避させるために四〇〇米ほど先まで車を回送したのであり、その際希望する者に回送地点まで切符なしで無償で乗車することを許したに過ぎないのである。新法の下では自動車運送事業として法の適用を受けるのは有償の場合だけである。デパートや旅館が定期にバスを運転して客を運送しても同法の適用を受けない。旅館が同時に運送業者である場合でも同様である。被告人会社は確かに自動車運送業者であるが、湖尻、桃源台間の運転は前叙の如く待避所への回送の際の無料サービスであるから、有償を前提とする新法の適用を受けないことは勿論、延長運転にも該当しないから、旧法の適用も受けない。検察官がいうように「終点湖尻でバスの乗客全部を降ろし、そのバスは折り返し運転に使い、会社の他のバスでその乗客を桃源台まで無料で運転するとかまたはこれと同視できるような区別を設けた運送方法による場合」が無償と認むべき特段の事情に該当することは勿論であるが、なにもわざわざ湖尻で乗客の全部を降ろした後他のバスに無料で乗せる必要はない。もともと旅客の便宜を計つてのことである。今まで乗つてきたバスにそのまま乗せても回送のついでにサービスとして無料で便乗させたのであれば、ひとしく無償と認むべきである。検察官の主張はいずれも理由がなく、原判決は正当であるというのである。
よつて順次考察するが、初めに法の変遷についてみるに、旧法第二条第一項は「この法律で………自動車運送事業とは、他人の需要に応じ自動車を使用して旅客又は物品を運送する事業をいう………」と規定していたが、新法第二条第二項は「この法律で自動車運送事業とは他人の需要に応じ、自動車を使用して有償で旅客又は貨物を運送する事業をいう………」とこれを変更し、更に新法は昭和三一年七月二日法第一六八号により「法(新法)第二条第二項中『有償で』を削る」と改正され、結局旧法当時に戻つたのである。しかして記録によれば被告人会社たる箱根登山鉄道株式会社及び駿豆鉄道株式会社がともに道路運送法に基いて有償のバス事業を営むものであること、駿豆鉄道株式会社はかねてより小涌谷から湖尻にいたるまでの全長九、六粁の専用道路を有し、該道路上でバス事業を経営してきたところ、昭和二五年四月一五日右両社間に右専用道路に被告人会社が車輛を乗り入れてバス事業を経営することを駿豆鉄道株式会社が承認する旨の協定が成立し、同協定に基いて被告人会社が同年五月一九日運輸大臣に対し早雲山線(宮の下または早雲山を起点とし湖尻を終点―またはその反対―とする運転系統)の事業計画を含む一般乗合旅客自動車運送事業乗入運輸協定認可申請書を提出して同年六月二七日自監第一、三六九号でその認可を受け、その発効日たる同年七月一日以降被告人会社が右早雲山線においてバス事業を経営してきたこと及び同年八月一日より昭和二九年二月二四日までの間被告人会社が右早雲山線に運転する自動車をもつて早雲山線の終点湖尻から桃源台にいたる間約四七〇米の県道上を旅客を運送したことはいずれも明らかである。
ところで弁護人は被告人会社の幹部は湖尻及び桃源台の附近一帯が「湖尻」であると思料していたのであり、従つて桃源台までは当然運転できると考えており、事業計画を変更するという意思はなかつたと主張するのであるが、被告人会社の幹部が湖尻及び桃源台の附近一帯が「湖尻」であると思つていたとの事実はこれを認むべき証拠が存しないばかりでなく、本件の如く路線を定める自動車運送事業の免許申請書には路線図をもつて路線を明示するとともにこれに起点及び終点の地名のほかその番地までも記載することを要し(旧法施行規則第八条、新法施行規則第五条)、しかもその地番内の一定箇所が終起点となるものと解せられるのであるが、早雲山線路線の終点湖尻が、右路線図によれば、元箱根村旧札場一一〇の三四番地となつているに対し桃源台は同村旧札場一六四番地であり、すでに番地を異にしているのであつて、被告人会社の幹部としても右事情を知悉し、桃源台が終点湖尻には含まれないことを承知していたことが十分に窺えるから、所論は採用できない。
次に運賃の点について考えてみるに、被告人会社は桃源台まで運送したために運賃を増徴したことはなく、湖尻までと同額であつたが、しかし増徴しなかつたからとて湖尻、桃源台間を無償で運送したとは必ずしもいえない。運賃算定上宮の下から湖尻までと桃源台までとは同額であり、また早雲山から湖尻までと桃源台までとも同額であつたのであり、従つて増徴しようにもできないからである。その反面運賃算定上同額であつたから湖尻、桃源台間も有償であるとすることもできない。たまたま運賃算定上同額であるために、同区間を無償としようとしても事実上これを表明し得ないからである。結局運賃の額の点から湖尻、桃源台間の有償無償を断定することはできない。
弁護人は被告人会社が湖尻より桃源台まで自動車を運転したのは、終点湖尻が狭いので、発車するまでの間一時待避するために回送したのであり、その際希望するものがあれば好意的に乗車することを許したに過ぎないというのであるが、しかし右運転が、さような回送ではなくして、早雲山線の乗客を、被告人会社の子会社である箱根観光船株式会社が桃源台を発着所として経営している遊覧船にそのまま送り込んで乗船させるためのものであつたことは、河合好人、今井孝らの同趣旨の供述をまつまでもなく、右箱根観光船株式会社の遊覧船の就航したのが昭和二五年八月一日であり、それまでは早雲山線のバスは湖尻で折り返し運転していたのに、あたかも右就航当日から桃源台までの運転を開始した一事に徴しても、きわめて明らかであり、疑の余地は存しない。しかして道路運送法上路線または運転系統の終点とは、いうまでもなくその系統の運転が終結し、また終結しなければならない地点であるが、(被告人会社は桃源台を経過地点として宮の下及び湖尻を終起点とする仙石原線の路線をも有するが、早雲山線の路線とは別個のものであり、従つて仙石原線の路線を有するからといつて早雲山線のバスを湖尻まで運転できないことは勿論である)被告人会社が桃源台まで運転するにあたつては、終点湖尻において、乗客は全部降ろしてそこからは別仕立の自動車に乗車させる、湖尻までの運転を終結させる処置すなわちいわゆる終点扱いをせずして、そのまま(湖尻で停車しないという意味ではない)終点を越えて桃源台まで運転を継続したのであつて、かような運転は新たに桃源台を終点とし、そこまで従来の運転系統を延長したもの、すなわち延長運転して運転系統を変更したものといわなければならない。しかして事業計画書には運転系統を記載することが要求されており(旧法施行規則第九条、新法施行規則第六条)、運転系統の変更は事業計画の変更となるのであるが、ここに運転系統とは、終起点と経過点とにより個別化され、事実上運転の遂行される径路のことであり、従つて有償路線の場合でも、有償無償ということとは離れた別個の概念というべきであるから、延長運転部分がたとえ無償であつてもこれにより既免許の運転系統は変更を受けるのである。なおかりに、有償の運送事業においてはその運転系統も有償を前提とするものでありそして本件の場合は延長部分が無償であつたとしても、有償の運転系統につき無償で延長運転をするのは、免許の基礎となつている全事業計画の重要部分なる運転系統を変更するものであり、従つて事業計画の変更の一形態であるとみることもできるのである。ただ新法は有償運送だけを対象とすることとしたので、その半面無償の運送は法の規制から外されることとなり、従つて無償運送によつても運転系統ひいて事業計画を変更するにいたるとするのは、新法が無償の運送を法の規制から外したことに反し、結局罪刑法定主義に抵触しないかとの疑が生ずる。なるほど新法では無償の運送は、法の規制から外されたため、放任行為となつたわけであり、本件の延長運転もその部分のみをとらえれば放任行為であるごとく見られるのであるが、本件の延長運転が従来の湖尻までの有償の運送事業における運転系統を事実上変更する行為である以上これを放任行為と見ることはあたらず、この運転系統の変更という新たな法律状態を捉え、これを法的に評価し、規制することは、新法第二条第二項の趣旨に反しないのである。否むしろかかる延長運転を放任行為として認容するならば、有償運送事業を免許事業とした法の趣旨が没却されるにいたることは明らかであろう。さらに別の観点に立ち、有償の運送事業においては運転系統も有償を前提とするものであるとしても、本件のごとく湖尻において特段の終点扱いをせずそのまま桃源台まで延長運転をした場合は、終点のポストをそのまま湖尻から桃源台に移動したと同様に考えることができるのであつて、その延長部分も当然有償運転系統の一部分となると解すべきである。しかしてこの場合は、運賃を改訂しないかぎり、従来の運賃が延長部分を含めた全運送に対する運賃となることは勿論である。ひつきよう右いずれよりするも本件延長運転が運転系統の変更となることは免れないのである。
以上の次第にして被告人会社の幹部その他の従業員らは、当局の認可を受けないで、被告人会社の業務として冒頭記載の期間中継続して湖尻、桃源台間を延長運転して運転系統すなわち事業計画を変更したのであつて、その間、湖尻、桃源台間は無料でサービスとして運転する旨車内放送したり、また湖尻からは(または湖尻までは)自動車の方向板を回送車としたような事実は認められるが、かような措置は、いまだもつて湖尻においていわゆる終点扱いをしたものとは認め難く、少くとも或る短い期間、限られた範囲で行われたに過ぎないから、前記期間をとおし全体としてこれをみるとき継続して延長運転をしたと認定するにつき妨げとならない。
しかして右期間中に旧法より新法への変遷はあつたが、本件の認可を受けないで事業計画を変更したことが違反行為とされていることに変りはなく、その全体が営業犯たる一罪を構成するから、旧法時の行為についても時効は完成せず、結局被告人会社は新法第一三〇条第一号、第一八条第一項、第一三二条本文により処罰されることとなるにもかかわらず、原判決が被告人会社を無罪としたのは、法令の解釈または事実の認定を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに当裁判所において判決することとする。
(当裁判所が認定した罪となるべき事実)
被告人会社は一般乗合旅客自動車運送事業を営むものであるが、同会社の代表取締役社長河合好人らは、法定の除外事由がないのにかかわらず運輸大臣の認可を受けないで、昭和二五年八月一日より昭和二九年二月二四日まで継続し同会社の業務として、神奈川県足柄下郡元箱根村旧札場一一〇の三四番地(通称湖尻)から同村旧札場一六四番地(通称桃源台)にいたる約四七〇米の県道上を、同県同郡温泉村大字底倉一〇三番地(通称宮の下)より右湖尻にいたる間の一般乗合旅客自動車運送の運転系統を延長して運転し、もつて事業計画を変更したものである。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
道路運送法第一三〇条第一号、第一八条第一項、第一三二条本文、刑事訴訟法第一八一条第一項本文
(長谷川 関 小林)